YはYpsilonのY

ドイツに関係があったりなかったりすることの記録、です。

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日本ならではの感覚か、「ばらまき土産」

ドイツにも、残念な部分と素晴らしい部分があるように、
日本にもやっぱり両方、ある。

でも、日本に住んでる人が日本のことを悪く言うのと、
海外に住んでいる者が日本のことを悪く言うのとでは、
日本にいる人にとって、受け止め方が違ってくるように思う。

日本を離れて「のほほんと暮らしている」私が、
例えば、「日本人ってレストランで写真撮るの好きだよね」などと言ったとする。
日本にいる日本人同士なら「あー、そうだよね」と受け止められても、
よその国にいる日本人の発言は、
「大きなお世話」「海外かぶれ」「すぐ日本人批判したがる」「何様のつもり」
「お前に言われたくない」「じゃあ日本人やめろ」「お前に何がわかるというのか」(しつこい? 笑)
などと、冷静に聞けない人もいるような気がする。

打たれ弱い私は、自らバッシングを招くような発言は極力避けたいと。
ほんとに気が小さいのよ。

が。

そろそろ日本に帰ってみようかなーということになり、
友達にどんなお土産がいいだろう、と楽しみながら考えていたら、
ふと、こんな言葉があったのを思い出し。

「ばらまき土産」。

言葉は変化するものだし、
言葉尻を捉えて「間違いだ」とか「おかしい」と言うのは、
エネルギーを消耗するだけなので、しない。
でもこの「ばらまき土産」というのは、
単なる表現ではなく、日本文化そのものという気がして。

私が、日本帰省時に一度に大勢の人に会う機会があるからと、
小さい同じお土産をいくつも買うことがあるけど、
それだって、その人たちの好みとかを考えて買う訳で。

日本には、「いろんな人に小さなお土産を」という習慣があり、
それはそれでいい。
だけど、「ばらまき土産」って言葉のセンス、どうにかならないものか。
「はらまき」は暖かくていいけどさ、
「ばらまき」って何?
節分の豆じゃないんだから。

「ほんの気持ちとして大勢に渡すお土産」のことを、
「ばらまく」と表現するってことは、
なんでもいいから、誰にでもいいから、とにかく買ってきたぞ、受け取れーい、
とでもいうような、投げやり感にあふれている。
みんな、そんな気持ちでお土産買ってるの?
で、渡す時には、
「これ、『ばらまき土産』なの!どうぞー!!」なんて言ったりするの?

そういう言葉が出てきちゃうと、
「ばらまく」気がなくても、「ばらまいてる」ように思われちゃうんでない?
心外だわー。
私は、あくまでもお土産は「ばらまく」んじゃなくて、渡したい。

そりゃね、「ばらまき」なんていう、
ちょっとガサツな言葉の方が、
インパクトがあって、定着しやすいのはわかるけど。

というわけで。
小さーい声で、「ばらまき土産」という言葉には反対。
ほんとは、そういう形式だけのお土産習慣がなくなるのが、
めんどくさくなくていいんだろうけど。
そういうわけにもいかないだろうから。

日本で、「これ、ばらまきじゃない土産なの」と言ったりしたほうがいいのか。
そんなん、ウザイだけか(笑)。
まあ、私の場合、ばらまき土産を期待するような人に会う機会もないことだし。
いいんだけどね。
いいんだけども。

1902140028.png

たまたま行った教会のミサで、ばらまいていた、配っていたからもらってきたもの。
ね。意味的にニュートラルな語彙じゃないよね、
「ばらまく」って。


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Comment[この記事へのコメント:]

****さん へ 

  •  Y 
  • URL 
  • at 2015.10.23 10:43 
  • [編集]
共感いただいて、ありがとうございます!
日本はお土産文化があるから仕方がないですが、それにしても、「安ければ何でもいい」というのは寂しい。。。じゃあ、ドイツに持ってきたお土産もそんな気持ちで選んだの?って思っちゃいますよね(笑)
不特定多数の人に渡すお土産でも「ばらまく」という言い方は品がないなあと思います。そういう言葉を考え無しに使ってしまう人も残念、ですね。


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