YはYpsilonのY

ドイツに関係があったりなかったりすることの記録、です。

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マジョリカ陶器について知る

マジョリカ陶器・・・名前は聞いたことあるし、イメージも浮かぶのだけど、その心は!?
マジョリカってそもそも何!?
なんとなく「可愛い魔法使い」みたいな名前に騙されてないか、私!?

そうなのです。実はさっぱりわかっていなかった、マジョリカ陶器のこと。

先日、お誘いをいただいて、
ウチの州で3つ目に大きい都市カールスルーエにある『マジョリカ博物館 Museum in der Majolika』に行ってきました。
カールスルーエといえば、時々「カールスルーヘ」という誤表記をされることでおなじみの町ですね。
アルファベットではKarlsruheですが、ここは「ヘ」ではなく「エ」と書いた方が、何と言っても発音しやすい。
気をつけたいところです。

えーと。

この町には中心部に大きなお城があり、その裏手には公園が広がっています。
なんと公園内を電車が走っているそう。線路を見ました。
で、お城の裏手にまっすぐマジョリカ焼きでできた青いタイルが敷かれており、
それを辿っていって公園を出た所に、マジョリカ陶器工場が。
DSC06530.jpg

マジョリカはもともとスペインの「マヨルカ島」を指す言葉。他にもマヨリカ焼とかマジョルカ焼とか、様々な表記が混在。
スペインからマヨルカ島を経由してイタリアに輸入され、イタリアのファエンツァが一大生産地となった、と。
このファエンツァという都市、日本の土岐市と姉妹都市提携している。焼き物つながりでしょうね。

19世紀後半にマジョリカ焼きがヨーロッパに広まった際に、ドイツではマジョリカ焼きの技術がイタリアからドイツに入って、
20世紀初めにヴィルヘルム2世がポーランドのKadinenにマジョリカ焼きの工房を作らせたりしています。
このカールスルーエの工場は、1901年に当時のバーデン大公フリードリヒ1世によって設立されたもの。
とまあ、お上のテコ入れもあって、
おそらくはこの時代に隆盛を極めたであろうと想像されるドイツにおけるマジョリカ焼きですが、
現在残っているのはこのカールスルーエにある工場だけなんだそう。
DSC06540.jpg

様々な作品を販売。製造直売ということね。
DSC06538.jpg

博物館。
ここは、カールスルーエ州立ミュージアム(Badisches Landesmuseun)の出先機関という扱い。
DSC06532.jpg
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DSC06543.jpg DSC06542.jpg

雰囲気のいいレストランも併設。この写真の真ん中の木の奥。「何とかのパッパルデッレ」を食べました。
DSC06539.jpg

マジョリカ陶器については、庭に置くようなかなり大きめの鉢とワインクーラーが気になりました。
でも、実は、展示とかショップで売っている物とかを見ても、何だか心惹かれてしまうのは、和風の器。
ああ、やっぱり日本の焼き物が色々欲しいなあ。
10客とか日本からこっちに運んだり郵送したりするのが大変だから、なかなか実現しないけど。

DSC05968.jpg

在ヨーロッパの友達の家のキッチン。なんだか心が落ち着く一角。
自分の家では叶わない「焼き物集め」ですが、ここを眺めて集めた気分に浸ります。



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